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「減築」の可能性を考える

日本ヴァリュアーズ東京本社の竹市です。

いよいよソチオリンピックが始まりましたね!私が中学生の時、長野オリンピックで活躍した葛西選手が7度目のオリンピック出場と聞き、まだ現役で頑張っている事への敬意と同時に、あれからもう16年も経ったのか!という驚きを隠せませんでした。

東京でも少し前に2020年のオリンピックが決まり、先行きに対する不安が蔓延する世の中に、どこか漠然とした明るさ、希望のようなものをもたらしてくれました。同時に経済的な面においても、不動産業界や建設業界を中心に、ポジティブな影響を与えてくれたのは間違いありません。

 

オリンピックの会場設営に当たり、中心となるのは豊洲や有明といった、湾岸エリアです。ここには選手村や各種競技場が建設されるのにあわせ、築地市場の移転やマンション建設が進みます。また、国立競技場も建替えられる予定です(余談ですが、デザイン案はザハ・ハディド氏のものが選出されました。彼女の作品はどれも前衛的で、パソコンで精密な設計ができない時代には、前衛的かつ複雑すぎて設計できない、「アンビルトの女王」と呼ばれていました。興味がある方は、こちらのサイトをご覧ください)

 

現在の予定では、オリンピックで使用予定の37施設のうち、21施設が湾岸部に集中する予定です。また、37施設のうち22施設が新築(仮設を含む)の予定です。

 

ここで、北京オリンピックのことを思い出してみると、当時「鳥の巣」と称されたあのスタジアムは、91千人収容可能なビッグスタジアムで、当時人々に与えたインパクトは大きかったと思います。しかしオリンピック後は、なんとこれまで数回しか利用されておらず、今では廃墟と化しているというのです!そもそもオリンピックほど収容人数を必要とするスポーツイベントは殆どなく、コンサート等に使うにも屋根がないため、扱いにくいことが原因のようです。

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もっと身近な例でも、冒頭に挙げた長野オリンピックはもう16年も前のことですが、近年ようやく負債を減らす目処が立ったものの、今後は施設解体の引当金を計上する必要があるとのことです。

 

私はオリンピック反対派ではないですが、オリンピックは都市インフラを含め、ダイナミックな都市施設の変化を起こす絶好の名目であることから、将来のことを考えれば過剰と思われる投資も見られます。国立競技場の建替えについても、デザインは別として、この規模のスタジアムが今後どの程度利用されるのか疑問が残ります。著名建築家の槇文彦氏らもこのスタジアムの規模縮小を求めています(彼らの場合、主眼は周辺環境との調和のようです)

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ここで、やっとタイトルに辿り着きますが、前回のロンドンオリンピックでは、このような問題の解決策の一つとして「減築」という考えが取り入れられました。

減築とは、字の通り「建物の一部を減らす」ことです。増築の逆ですね。

ロンドンオリンピックでは、8万席あったメインスタジアムが、利用後は25000席に減り、日常的なスポーツやイベントに利用される予定です。また、水泳競技場(これも前述のザハ氏が設計しています)、通称「アクアティクスセンター」も、当初17,500席だったところ、2014年春には2,500席の市民競技場としてリニューアルされる予定です。

東京オリンピックについても、辰巳に建設予定の水泳競技場は2万人収容可能ですが大会後は5,000人規模に、大井に建設されるホッケー競技場は1万人から4,000人規模にそれぞれ減築される予定とのことです。

1964年の東京のように、高度経済成長期の日本ならいざ知らず、今後訪れる人口減少社会において、現在の一時的な利用のために大規模で不可変的な施設を建設することは時代にマッチしないと思います。その意味では、「不動産」でありながら、時代や社会の変化に対応し得る可変性について、スタジアムのような大規模で限定的な用途の建築物については特に積極的に考えるべきだと思います。

ただ、減築については、まだその考えが人々の意識に浸透していない面があります。オフィスであれ住宅であれスタジアムであれ、コストをかけて作った不動産という資産を、更にコストをかけて取り壊す、という行為が、例え経済的で合理的であっても、どこか違和感を覚えるのが大多数の人の率直な感情ではないでしょうか。特にオリンピック施設のような、経済性よりも施設そのものの象徴性、アイコン性が強い建築物については、よりその傾向が強いのではないかと思います。

前回東京でオリンピックが行なわれた高度経済成長にあっては、とにかく建築を進めることが発展であり、善とされてきました。しかし、今はそのような状況ではありません。今後の人口減が進むと予測される日本社会においては、勇気を持って減築を想定したスタジアムを作ってもいいと思うのです。社会の変化に建物を対応させることの是非を問うに当たり、オリンピックは絶好の契機だと思います。

今後、減築の考えが一般に浸透し、心理的なハードルが下がれば、例えば戸建住宅の一部を、その時のライフサイクルに見合った規模に縮小することが当たり前のように行われるかもしれません。オフィスにおいても、現在は容積率をとにかく消化することが是とされていますが、その考えが今後も常に正しいとは限りません。地方都市のオフィスでは、床はあっても借り手がいない、という状況は今後ますます多く日常的なものとなるでしょう。

 

今回のオリンピックにおけるスタジアムのあり方をきっかけに、我々と建物との関わり方がもっと多様性・可変性を持つことができれば、それはオリンピックのもたらす、一つの意義と言えるのではないでしょうか。

 

 

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