(田辺氏)
金融危機の前後で、不動産の市場価格が大きく変動したため、鑑定価格もそれに連れて動き、企業の決算における資産評価や実際の売買価格にも影響を及ぼしました。このため、市場価格(ある価格)だけでなく、その不動産が本来持つ価値(あるべき価格)もその時々の鑑定価格に反映されるべきではないかという議論が聞かれます。
(磯部)
大変難しい問題ですが、やはり、市場での取引価格がある以上、鑑定士としては「ある価格」を基準として評価すべきだと思います。また、一般的には、それが社会の鑑定士に期待する役割ではないでしょうか。
市場で取引が成立している以上、それが異常価格であるとは言えません。それなりの理由があって、その売買が成り立っているからです。あるとすれば、何故、そのような価格での取引となったのか、その取引の背景を理解して、本来「ある価格」を算定することでしょう。価格を決めるのは市場であって、鑑定士ではありません。
また、「あるべき価格」となると、そこに価値判断が入ってきます。現在の鑑定価格については、金融危機後なので低くなり過ぎているという意見がある一方、逆に鑑定価格が高すぎるという意見もあります。概念的には鑑定価格と市場価格は同一でしょうし、取引価格とは異なると考えるべきです。
(田辺氏)
現実には、不動産ファンドなどが、鑑定価格(+α)以上では不動産を購入しないとか、鑑定価格(-α)以下では売却しないなどの内規を定めているため、鑑定価格の大きな上下は実取引にも影響を及ぼすことになっています。
(磯部)
先ほど、鑑定は「ある価格」を評価すべきであると申し上げましたが、「ある価格」を算定するためには、そのための過去の取引データなどが必要になります。鑑定がそれなりの実証性を持つためには、今現在の価格がこうだという思い込みによって評価することは妥当ではありません。そうなると、市場価格が上がるにしても下がるにしても、データがなければ鑑定価格に反映できないので、市場価格の動きに比べて鑑定価格では自ずと遅行性が生じます。結果的に、意図しなくても、鑑定価格の動きは市場価格よりも緩やかなものになる傾向があります。その意味では、鑑定価格が市場価格を先導しているということは考えにくいところです。
(田辺氏)
国際会計基準(IFRS:International Financial Reporting Standards)はバランスシート(貸借対照表)の時価評価を重視し、企業の毎期決算において保有資産などの評価の増減を、企業の利益(包括利益)に反映するように求めています。日本でもIFRSの採用につき2012年には最終判断される予定であり、仮に適用となった場合は、企業の保有資産の大半を占める不動産の評価の仕方に注目が集まることが考えられます。
(磯部)
IFRSの採用によって、不動産を含む資産価格の評価結果が直接的に企業の公表収益に影響を与えるということになると、企業の収益コントロールがなかなか難しいものになるだろうなというように感じています。しかし、導入の是非はともかく、世の中の動きがその方向にあるとするならば、我々鑑定業者としてはますますフェアバリュー(公正価値)を見出すスキルを磨いていかなければなりません。企業の決算時の資産評価など、鑑定士の業務は増えるかもしれませんが、同時に責任も重くなると思っています。
(つづく)
Sorry, the comment form is closed at this time.