不動産鑑定士 磯部裕幸, CRE, FRICS
日本ヴァリュアーズ株式会社 代表取締役
市場が大きな変化の過程にある時には「鑑定評価の意味合い」がいつも話題に上る。
不動産の各種指標がこのところ一気にポジティブに動いてきていることは久々の朗報だ。業界関係者がこぞってこの状況を歓迎していることは言うまでもない。取引件数、取引価格、貸出残高、投資意欲などすべてだ。このように敏感な局面では、市場が期待と予測と楽観論によって支配される傾向が強い。一方で、ヒストリカル・データに相当部分依存する鑑定評価はこのような市場トレンドを反映させるのが難しく、市場関係者にとっては(鑑定士にとってもだが)フラストレーションの一つとなる。「鑑定評価が、今起きている市場の現実をリアルに反映できない」からだ。好景気が持続すれば遠からず鑑定評価も市場にキャッチアップすることになるのだろうが、そこに至るまでのタイムラグはどのように埋めるべきなのだろうか。
住宅(地)価格やマンション価格は、低金利、景気回復への期待感、消費税アップ前の駆け込み需要などを背景に、実需が喚起される形で確実に上昇基調に転じた。投資用不動産は、旺盛な需要と投資適格物件の供給不足から急展開を見せている。首都圏の需給ギャップを起因として地方での需要も拡大し、上ブレに転じてきた。
とはいえ、それら投資用不動産価格のアップサイド・トレンドを実証的に説明できる材料はまだ十分には出揃っていない。賃料水準が上昇基調に入りつつあるとは言えすべてに浸透するところまでは至っていないし、空室率の改善も兆候が見え始めたというレベルかもしれない。にもかかわらず景気回復と将来に対する期待感により、投資マインドは高揚し、海外投資家からの需要も久々に好調だ。そうした状況下であれば価格が上昇するのは自明と言えば自明。将来に対する期待の高まりがキャップレイトを押し下げるからだ。
一方で「また来た道」を戻って欲しくないというのは誰しも共通の思いだろう。興奮と落胆の繰り返しを生き抜く強靱さを持つのは、凡人にはなかなか難しいからだ。そうした中、市場プレイヤーが自らリスクを背負った上でチャンス到来を掴み取ろうとするのは当然だが、他方、セカンド・オピニオンとしての鑑定評価は投資判断や意思決定の重要な補完的役割を担うものだ。しかもそれは投資市場の中である種の安全弁としてビルトインされてきているシステムだ。その意味で、鑑定評価が「市場を後から追認する」ことしかできず「市場をリアルタイムに反映する手法」を十分に持ち合わせていないという側面に対しては、不動産鑑定士としては大いに忸怩たるものがある。「市場で現に巻き起こるウェイブと鑑定評価とは本質的に異なるもの」だ、という論理だけでは社会の信認に答えることはできないだろう。今の活況がいつまでも続くと妄信している市場関係者は皆無だろうが、日本に久しぶりに訪れた不動産の好循環期だからこそ、現実を正面から客観的かつ定量的に読み解ける鑑定評価が登場することを期待しないわけにはいかない。
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